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武蔵小杉で読書会をやってる人のブログ

まだ出会えていない〈ことば〉が、ここにあります

【芥川賞直木賞予想 #156-5】 第156回芥川賞直木賞決定、御目出度うございます。

第156回芥川賞直木賞銓衡会の結果は、以下の結果となりました。

芥川賞は、

山下澄人『しんせかい』(新潮社)

直木賞は、

恩田陸『蜂蜜と遠雷』(幻冬舎

です。

受賞者のみなさん、大変御目出度うございます。
これからのご健筆を祈念いたします!

わたしの予想は、芥川賞はハズレ(最後まで競ったようですが)*1

山下さんの作品については、なにもいいません。石原さんの時評と同じです。
www.sankei.com

さて、次回第157回を楽しみに待ちたいとおもいます。

しんせかい

しんせかい

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

*1:直木賞はパス。恩田さんということはfb上では呟きましたが、それはカウントしません。

【芥川賞直木賞予想 #156-4】 第156回芥川賞直木賞当落予想します

ということで、今回もまたろくに読めずに銓衡会当日になってしまいました。

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芥川賞候補作はけっきょく、一作を残して全部読み切りました。その状態で、ひとまず予想します。

本音は「該当作無し」ですが、賞はあげるものという精神に則って言うならば、宮内悠介さんの「カブールの園」かと思います。岸政彦さんの「ビニール傘」もよかったのですが、もう一作読みたいところですね。

直木賞の予想はパスします(まったく読めていなかった)。

ということで、今晩1/19の銓衡会を楽しみにしたいと思います。

【芥川賞直木賞予想 #156-3】加藤秀行『キャピタル』を読んでみた

続いては、加藤秀行『キャピタル』を読んだ。
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この作家は、第154回のとき「シェア」で芥川賞候補作となった。今回で二回目。前回ぼくは受賞と敢えて予想した。柔らかな文体で、憂鬱を包んだ都市小説。素材も「民泊」という今どきのものだった。技のある作家だと感じて好感を持った。

今回の『キャピタル』も前作のモチーフを引き継いでいる。
外資コンサルティングファームで働く須賀は、会社から長年勤務の報償として一年間の「サバティカル=一時休養」を与えられている。訳あって、いまはタイのバンコクのアパートに暮らしている。
そんな彼のもとに、ファームの元先輩社員である高野から依頼がある。高野がいま務める会社で採用予定だったタイ人女性のアリサが入社を辞退してきた。彼女は入社前に交通事故に遭ったあとで入社を取りやめるという連絡があったきり、音信不通となってしまった。アリサがなぜ入社を辞退したのか、須賀に調べてほしいというのだ。

アリサはタイの資産家の娘で、親の会社を受け継いでいるとを知る。須賀は彼女と行動を共にするにつれて、彼女の人生観に触れ共感する・・・。
いわゆる「勝ち組中の勝ち組」を達成した若者たちのリリカルな諦念を描いた小説、とひと言で言ってもいいのだが、物語は村上春樹チックな文体にのって、ゆったりと進んでいく。
ある意味では、心持ち良く。
ある意味では、悪意が感じられて。

ぼくにはこの村上春樹の模倣が、徹頭徹尾鼻についてならなかった。
ぼくは冒頭に「技のある作家」だと言ったが、文体の模倣にはたしかに「技」はある。
だが、村上春樹「風」は村上春樹であれば充分である。この小説には模倣以上の「野心」も「オリジナリティ」も感じられなかった。


ここまで。
○宮内悠介「カブールの園」
×加藤秀行「キャピタル」

【芥川賞直木賞予想 #156-2】 宮内悠介「カブールの園」を読んでみた

年末にかけて、今回の芥川賞(第156回)の候補作の大半を一気に読んだのですが、それをアップするのを忘れていました。
正直言うと、前回の候補作のレベルに比べて、格段に落ちているといわざるを得ません(ただ残り一作をまだ読んでいないのでなんともですが)。自分のなかでどんどんテンションが下がっていくのが解りました。

まずは、宮内悠介「カブールの園」。

カブールの園

カブールの園

サンフランシスコに住む、日系三世の「わたし(レイ)」が主人公。レイはソフトウェアマネージャーであり、大学時代の友人と立ち上げた1CT会社で働く。
レイは子どものときに学校で「仔豚ちゃん(ピギー)」と虐められた傷が癒やされぬまま、大人になった現在もそのトラウマに苦しんでいる。心療クリニックに通い、「カブールの園」と恋人が称する最新VRを活用した治療を受けている。

レイは、絵本作家志望でベジタリアンのジョンと暮らしている。ふたりの関係はいまのところ問題はないように見える。しかし子どもの時のトラウマとあわせて、じつは母親との関係も良くない。母親に抑圧されているとずっと感じている。

そんなレイは、ある日社長である友人から長期休暇を命じられ、一人旅に出る。ヨセミテあたりでリフレッシュしてこいという。気の進まない小旅行は、結果として日系三世としての「わたし」のルーツを見つめ直す旅となった。
自分の母親、その母親の母親、そこから現在へと連なる「わたし」という存在は、日系人としての運命へとつづいていくことを意識する。旅の途中でレイは、マンザナー強制収容所にも立ち寄る。そこは第二次世界大戦中、多くの日系アメリカ人が収容された場所でもある。

ここででてくるのは、日系一世たちがアメリカで編集した同人雑誌に掲載されたという文章「伝承のない文芸」という論文。もちろんフィクションだが、この「伝承のない文芸」には、アメリカという土地で、世代が移り変わるにつれて「日本」や「日本語」の記憶と歴史が失われていくことがつづられている。

テーマは大きく、そしてチャレンジングだ。SF作家らしく、VRやクラウドサービスも説得力をもって登場する。
日系人たちのアイデンティティと「わたし」のアイデンティティはやがて収斂していくのだが、しかしそのプロセスが枚数のなかで消化しきれていない印象が強い。
ストーリィとしては、たとえば母親との「和解」などは都合がよすぎるのではないかと感じられる。主人公にとってはとても苦しい関係だというのに。

テーマは壮大だが、読み終えてみて、物語としては「?」がつく。
ひとまず、この作品が基準となる。




 

久しぶりに落語を聴いてみた #1

昨夜、知り合いのお宅に新年会でお邪魔したときのこと。
ホストが今月1月下旬に落語会の出演するというので、案内をもらった。

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彼が演るのは「四段目」。たしか歌舞伎の忠臣蔵が題材だったかと記憶しているが怪しい。志ん朝の音源が家にあったはずである。怪しいといえば、この落語会の他演目もそうだ。

窓の外は冷たい雨が降ってきている。
ちょいと一席ひっかけようか(という言葉があるかどうかは解らない)と、その他の演目を聴いてみることにした。

まずは、「星野屋」からいってみよう。今日日、you tubeというのはありがたいものです。
桂文珍さんの音源があったので、さっそく聴いてみた。

www.youtube.com

あらすじはこちらから。
星野屋(ほしのや)/落語: 落語あらすじ事典 千字寄席

男と女、腹に一物あるもの同士の騙し騙されたりの応酬がききどころ。げに男女の仲は別れるときも一筋縄ではいかないようですね。逆に言えば、これだけ相性のいい二人もいないのではないかしらと思ったりしました(笑)。