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武蔵小杉で読書会をやってる人のブログ

まだ出会えていない〈ことば〉が、ここにあります

【芥川賞直木賞予想 #156-2】 宮内悠介「カブールの園」を読んでみた

10 本日誌 31 小説・創作 70 芥川賞直木賞銓衡ウォッチ

年末にかけて、今回の芥川賞(第156回)の候補作の大半を一気に読んだのですが、それをアップするのを忘れていました。
正直言うと、前回の候補作のレベルに比べて、格段に落ちているといわざるを得ません(ただ残り一作をまだ読んでいないのでなんともですが)。自分のなかでどんどんテンションが下がっていくのが解りました。

まずは、宮内悠介「カブールの園」。

カブールの園

カブールの園

サンフランシスコに住む、日系三世の「わたし(レイ)」が主人公。レイはソフトウェアマネージャーであり、大学時代の友人と立ち上げた1CT会社で働く。
レイは子どものときに学校で「仔豚ちゃん(ピギー)」と虐められた傷が癒やされぬまま、大人になった現在もそのトラウマに苦しんでいる。心療クリニックに通い、「カブールの園」と恋人が称する最新VRを活用した治療を受けている。

レイは、絵本作家志望でベジタリアンのジョンと暮らしている。ふたりの関係はいまのところ問題はないように見える。しかし子どもの時のトラウマとあわせて、じつは母親との関係も良くない。母親に抑圧されているとずっと感じている。

そんなレイは、ある日社長である友人から長期休暇を命じられ、一人旅に出る。ヨセミテあたりでリフレッシュしてこいという。気の進まない小旅行は、結果として日系三世としての「わたし」のルーツを見つめ直す旅となった。
自分の母親、その母親の母親、そこから現在へと連なる「わたし」という存在は、日系人としての運命へとつづいていくことを意識する。旅の途中でレイは、マンザナー強制収容所にも立ち寄る。そこは第二次世界大戦中、多くの日系アメリカ人が収容された場所でもある。

ここででてくるのは、日系一世たちがアメリカで編集した同人雑誌に掲載されたという文章「伝承のない文芸」という論文。もちろんフィクションだが、この「伝承のない文芸」には、アメリカという土地で、世代が移り変わるにつれて「日本」や「日本語」の記憶と歴史が失われていくことがつづられている。

テーマは大きく、そしてチャレンジングだ。SF作家らしく、VRやクラウドサービスも説得力をもって登場する。
日系人たちのアイデンティティと「わたし」のアイデンティティはやがて収斂していくのだが、しかしそのプロセスが枚数のなかで消化しきれていない印象が強い。
ストーリィとしては、たとえば母親との「和解」などは都合がよすぎるのではないかと感じられる。主人公にとってはとても苦しい関係だというのに。

テーマは壮大だが、読み終えてみて、物語としては「?」がつく。
ひとまず、この作品が基準となる。